「教学上の基本問題」について(6・30)

五、寺院、会館混同・寺軽視

 

 資料

 いわゆる正宗の寺院は、授戒とか葬式とか法事などの儀式の場であります。社会のためとか、広宣流布とか、人間革命という御本仏直結の脈動の場は、もはや現代においては創価学会しかないのです。

(藤田栄述 「女子部と私」)

 質問

 正法をもって行う授戒、葬式、法事、結婚式等は衆生済度のための大切な行事であります。これを行っている寺院が広宣流布のため活動していないと、どうしていえるのですか。

 また学会の会館や研修所でも聞く処によると、法事や結婚式などをしているではありませんか。特に創価学会のみが広布の場として区別する必要がどこにあるのですか?

 答え

 正宗寺院においては、正法をもって授戒、葬式、法事、結婚式等の衆生済度のための大切な行事を行っています。寺院もまた、広宣流布のための活動の重要な拠点であることを認識すべきであります。学会のみが広宣流布の場として、寺院がそうでないかのような表現は、明らかに言い過ぎであります。

 

 資料

 寺院を別名「道場」ともいうのは、その意味からであります。儀式だけを行ない、我が身の研鑚もしない、大衆のなかへ入って布教をするわけでもない既成の寺院の姿は、修行者の集まる場所でもなければ、ましてや道場であるわけは絶対にない。(中略)

 また近くは末法の御本仏日蓮大聖人も、一生涯、既成仏教のような寺院は持たれなかった。お亡くなりになるまで草庵であります。折伏弘教の指揮をとられ、また自ら布教のために歩く拠点としての庵室を持たれたのみであります。

(池田会長講演「仏教史観を語る」大白蓮華52年3月号)

 質問

 文中「葬式だけを行い我が身の研鑚もしない……」とあり、こういう言い方は当然日蓮正宗僧侶を目しているものと思われますが、しからば我々僧侶が我が身の研鑚もしていないと見られるのはいかなる理由によるのですか。

 次に大聖人が一生寺院を持たなかったとの浜田某の論文にたいしこちらは破折してあります。これについてそちらからもう一度意見を出して下さい。

 また正宗の寺院が修行者の集る場所でなく、道場でもないという理由をあげて下さい。

 答え

 この講演の文中「葬式だけを行い我が身の研鑚もしない……」とあるのは、日蓮正宗僧侶を目して述べたものではなく、日蓮正宗以外の一般仏教界の多くの姿を語ったものであります。したがって「既成の寺院の姿は、修行者の集る場所でなく、道場でもない」というのも、正宗の寺院を言ったものではないことをご了承願いたいと思います。しかしそういう印象を与えたとすれば、まことに遺憾であります。

 なお、寺院の存在についてでありますが、日蓮大聖人は、お亡くなりになる前年の弘安四年には、身延に十間四面の堂宇を建てられ、これを久遠寺と命名されました。そして「池上相承書」においては「身延山久遠寺の別当たるべきなり」と日興上人へ遺付されています。さらに日興上人は、身延離山の後、正応三年、南条時光の寄進を得て、大石寺の基を築かれたことは、周知の事実であります。

*また浜田論文については「前進」52年9月号誌上「二箇相承に思う」(辻副会長)で、その誤りを訂正しました。

 

 資料

 したがって、信心の血脈こそ大事なんです。われわれの次元に於いてはそれでいいんです。生死一大事血脈抄、その他の御書を拝読をすれば全部それは明快である。形式は必要ない。

(池田会長「52年元旦勤行あいさつ」)

 質問

 「形式は必要ない」といわれているが世間の事でも形式は必要であります。結婚式でも葬式でもそれがなければ、人間生活における秩序が立ちません。

 従って寺院における各種法要、授戒、結婚式等の儀式が形式だから必要ないという考えは成立しません。

 答え

 寺院における法要・儀式についての考え方は37n下段の宗門からの質問に対する答えの中で述べた通りであります。なお「形式は必要ない」と述べている点については、創価学会員の実践においては、特に広宣流布への使命感と情熱とが肝要であることを強調したものであり、言葉がたりませんでした。

 

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