事実無根いよいよ明らか

山崎がやぶれかぶれの証言に終始

(57・2・28付)

 月刊ペン裁判が二十五日、開かれた。被告人・隈部側の証人である山崎正友は、自分の裁判もいよいよ窮地に追いつめられてか、やぶれかぶれの証言に終始した。その作り話も、よほどの下劣な品性でなければできない内容で、誰から聞いたとか、また研修所では女性と風呂に入ったとか、あることないことをみさかいもなく、とうとうと週刊誌向けにぶちあげようとした。

 まことにうまく作っているようだが、誰が聞いても原島と打ち合わせしたことはアリアリ。見てはいけないものを見たとか、前回の原島と同じことをいっている。

 ところがこの日の公判で、検察官の鋭い尋問により、山崎のデタラメ話が次々と突き崩されていった。

 この日、検察官から重要証拠として一通の報告書が法廷に提出された。山崎自筆の報告書であることは、彼自身、法廷で認めた。

 この報告書は、昭和五十一年三月九日付で、山崎が北條理事長(当時)に提出したもの。内容は当時起こった月刊ペン問題について調査分析した結果と今後の処理方針に関するもので、ペン問題に対する山崎の認識を浮き彫りにしている。

 五十一年三月といえば、問題になっている「月刊ペン」四月号が発売された直後のこと。山崎はその報告書のなかで、“ペン”対策についてこう書いている。

 「今回の記事内容は非常に悪質であり、放置しておくと、今後よくありません。以後、かかる種類の中傷を絶つため、断固たる処置をとるべきだと考えます」

 「基本的には、名誉、信用棄損罪で告訴するとともに、謝罪広告、損害賠償を求める民事訴訟をおこす方針でのぞみたいと考えます」

 山崎は、これまでの証言で、スキャンダルは事実なので、告訴して裁判にもちこむのは難しいと当時考えていた、と語っていたが、これは真っ赤なウソ。山崎本人が「断固、告訴すべし」と言っていたことは、この報告書で明らかになった。

 また山崎は、報告書のなかで「問題なく名誉棄損が成り立つと思われる部分――池田会長の女性関係についての事実無根の中傷」と断定していた。

 つまり、山崎が、当時からペン事件について、弁護士の立場で「問題なく名誉棄損は成立する」と認識していたことは明々白々。

 ところが山崎は、これまでペン裁判において、スキャンダルは誰もが知っており、マスコミにも公然と知れわたっていた、とウソの証言をしていた。

 そこで、検察官がただしていわく。「あなたがいうように、それほど事実が知れわたっているというのなら、なぜ報告書に“スキャンダルは事実無根”と書いたのか」「あなたは、マスコミに知れわたっていたというが、その点は弁護士としてどう対応したのか」と鋭く追及。

 それらの尋問に根拠のない弁解ばかり。山崎は苦しまぎれのいい逃れに躍起になっていたが、こうした山崎の自語相違、その場のがれのたわ言に、あいた口がふさがらないとは傍聴席の記者の弁。

 一事が万事、すべてが作り話であったことが、自分の書いた報告書を検察官に突きつけられ、露呈した。

 潔ぺきな名誉会長に、もともとスキャンダルなどないことは、天下周知の事実。山崎、原島、内藤らの悪人達が、名誉会長を陥れようと、奸計をめぐらし、ねつ造したデタラメ話であることが、一層明らかになった。

 今回の公判で、山崎が、当時、自ら作成した詳細な報告書によって、とりかえしのつかない墓穴を掘ったのである。山崎の策略とウソを裁判所は鋭く見破ったに違いない。さて、次回はまた、どのような言い逃れを用意してくるか、けだしみものである。

 

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