相手かまわぬ言論暴力

エゴと功名心の塊・内藤国夫

(57・3・21付)

 今やブラックジャーナリストに転落した内藤国夫だが、彼は山崎、原島からの卑劣で悪意にもとづくデッチ上げの情報を使って、事実無根のことを平気で書いてきた。内藤は、いまだに刑事被告人・山崎を“わが友”として頼り、一方的に学会の誹謗記事を書いて飯のタネにしているが、その愚かさと異常性についてマスコミ界からも厳しい指弾が飛んでいる。

 最近、この内藤の正体を暴いた「花形記者は転んだ」(幸洋出版)という本が出版された。これは「現代の眼」編集長の丸山実氏とフリーライターの坂口義弘氏が著したもの。内容は「内藤国夫の実像と虚像」「あえて問う内藤スキャンダル」「哲学のない甘っちょろい正義」「仕掛人に躍らされたピエロ」等々、いかにも正義派ぶった内藤の陰湿な素顔を浮き彫りにしている。

 それによると、内藤は、毎日新聞の記者時代から、社内の評判はすこぶる悪かったという。同僚の記者が「(内藤は)記者としてよりも以前に人間として問題があった」と指摘するように、彼のシンパはまったくといっていいほどなく、自分だけがよしとする身勝手さは皆に嫌われていた、というのだ。

 事実、内藤が毎日新聞社を退社する際も、社内外から“内藤を守れ”の声は皆無に近かった。

 このあたりの事情は「花形記者は転んだ」に詳しい。その一端を紹介すると――。

 「内藤はとんでもない奴だ。……言わないことを言ったという、そのことだけでもオレはあいつを名誉棄損で訴えることだってできる! あちこちに虚実を織り混ぜて書いているが、虚実の虚が多いんだ!」(毎日のH記者)。

 「毎日新聞社の生命にかかわるような事柄を、確証もなしに書いてしまった。……ジャーナリストの禁を犯してしまった」(当時の毎日新聞秘書室長)等々。

 内藤の特徴は、学会に関する中傷記事でも明らかのように、確証のないまま噂話を活字にして、それで人をキズつけたとしても、相手の人権や名誉を何とも思わぬ卑劣な男である。まさに、それは“ペンの暴力”だ。

 同書では「内藤ジャーナリズムは、かつてナチスが用いた戦時宣伝学の現代版といっても過言ではないだろう」(丸山氏)、「モラルもヘったくれもなくエゴイズムと功名心にこり固まっていて、真実を語る謙虚さと勇気を持たない人」(坂口氏)と、ジャーナリスト失格を宣告している。

 内藤は、山崎正友、「週刊文春」編集者と、何回となく銀座のクラブで酒を汲み交わしては反学会キャンペーンの密談をしていたという。「宗教の知識は全然ない」と自他共に認めて余りある宗教無恥の内藤に、宗教のことを論ずる資格は全くない。まして創価学会のことを世に評論することなど、最初から無理だったのだ。

 学会の批判記事を書けば、自己の売名になると思ったのだろうか、山崎や原島からのデタラメな情報だけを頼りに、学会、名誉会長を陥れるためのスキャンダルしか書かないブラックジャーナリストの内藤。何らの真実性もないひとりよがりなこじつけ記事など誰も信用するわけがない。まさに「仕掛人に躍らされたピエロ」そのものである。

 このほか、同書を一読すると「内藤の異常な金銭感覚」「深入りしすぎたある女生徒の告白」など、金に汚く、女性にだらしない内藤の素顔が浮かび上がってくる。

 それにしても、山崎、原島といい、内藤までもが共通して醜悪な人格であるとは恐れ入る。事実無根のスキャンダルをデッチ上げる裏には、彼らに相通ずる“卑劣な人間性と魂胆”がうごめいているのだ。

 

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